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最高裁判所第二小法廷 昭和52年(行ツ)65号 判決

千葉県夷隅郡大原町高谷八九九番地

上告人

池田包吉

右訴訟代理人弁護士

和田有史

千葉県茂原市高師八七〇番地

被上告人

茂原税務署長 臼井広介

右指定代理人

青木正存

右当事者間の東京高等裁判所昭和五〇年(行コ)第二六号所得税不当課税取消請求事件について、同裁判所が昭和五二年三月一六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。

よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人和田有史の上告理由について

所論の点に関する原審の認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 栗本一夫 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田豊 裁判官 本林譲)

(昭和五二年(行ツ)第六五号 上告人 池田包吉)

上告代理人和田有史の上告理由

原判決の事実認定は挙証責任の原則に違背してなされたものというべきである。

一 すなわち本件の争点は、上告人と訴外有限会社丸久佐久間商店(以下単に佐久間商店という)との間において昭和四二年八月一一日になされた立木売買契約の代金額が一三〇〇万円であったか、一九〇〇万円であったかの点につきるものである。

しかして右の点に関する挙証責任の問題については、「上告人に一九〇〇万の所得があったこと」について被上告人にその挙証責任が存することは明らかである。

従って、この「上告人に一九〇〇万円の所得があったこと」を認定するには、挙証責任を負う被上告人において、「合理的な疑いを入れる余地がない」ほどに証明されなければならないものである。

しかるに、原判決はこの挙証責任の原則を軽視し、本件全証拠から右事実を認定するには経験則上「合理的な疑いを入れる余地」が充分に存するにもかゝわらずこれを無視し、上告人と利害相反する佐久間商店の帳簿類(乙七、八号証)の証拠価値を安易に過大評価し(この書証の信用性については後述のとおりである)てなした違法なものである。

そこで、以下に本件証拠を検討し、原判決の事実認定には「合理的な疑いを入れる余地」が充分に存することを明らかにする。

二 はじめに、証拠の信用性に関し、佐久間商店の立場について述べておくことゝする。その理由は、佐久間商店の帳簿並びに佐久間哲男の証言が本件売買代金を一九〇〇万円と認定するための最大の証拠となっているからであり、もし、右証拠が信用性の乏しいものとすれば、他の補強証拠はいずれもそれ自体は右認定のための証拠価値が無いか、或いは価値の乏しいものだからである。

しかして、佐久間商店は、もし本件売買代金が真実は一三〇〇万円であるのに一九〇〇万円とされることにより譲渡益に対する課税において不当な利益を得ることは明らかであり、それは、もし代金が真実は一九〇〇万円であるのに一三〇〇万円とされることにより上告人が課税上不当な利益を受けることゝなるのと全く同様である。要するに、上告人と佐久間商店は本件売買代金額の認定について互いに相反する利害関係を有するものである。

そこで以上の前提の下に、上告人の主張を裏付ける証拠よりも被上告人の主張を裏付ける証拠(特に佐久間商店関係の証拠)の方が信用できるとする理由が存するか否かに注意を払いつゝ、以下検討する。

三 本件売買代金が一九〇〇万円であるとする証拠は次のとおりである。

すなわち、(イ)本件立木の買受資金として木更津信用金庫湊支店から二〇〇〇万円が融資された、との点に関する乙三、四、七、八、九号証並びに証人佐久間、同小島、同近藤の各証言、(ロ)代金一九〇〇万円が上告人に支払われた、との点に関する証人佐久間(乙一号証も同旨)、同小島(乙二号証も同旨)、同牧野の各証言並びに乙七、八号証の佐久間商店の帳簿である。

(1) そのうち、右(イ)の点については、佐久間商店から右木更津信用金庫に対して立木の買受資金として二〇〇〇万円の融資の申込みがなされ、これが認められて同金庫から佐久間哲男名義で一四〇〇万円、佐久間商店名義で六〇〇万円が貸付けられ、その貸付日が同金庫の帳簿上いずれも昭和四二年八月一一日になっていること、また右同日、同金庫から佐久間哲男に金円が現実に交付されたこと(但し、その金額が二〇〇〇万円であるとする確たる証拠はない)は前掲証拠からこれを窺うことができる。

しかしながら、たとえ本件立木の買受資金の名目で二〇〇〇万円の融資の申込みがなされ、これが認められて現実に二〇〇〇万円の融資がなされ、しかもその貸付日が現実に代金を支払ったとされる昭和四二年八月一一日かまたはその頃であるとしても、現実に立木代金として一九〇〇万円が上告人に支払われたかどうかは別個の問題である。佐久間商店または佐久間哲男が本件立木代金の融資を申込む際、本件立木代金がはっきりしなかったゝめ予備として予定以上の額を申込んだことも考えられるし、また、別の用途に必要なため、本件立木の買受資金の名目で余分に融資を受けようとしたことも大いに有り得るし、さらに佐久間哲男において、当初から仕入額を過大にして不当に税金を免かれようと企図し、そのための準備工作として実際の立木代金以上に融資を受けておこうとした、ということも疑えないわけではないのである。

そこで、結局は現実に一九〇〇万円という金円が上告人に渡されたか否かが問題となるのである。

(2) 本件立木代金として一九〇〇万円が上告人に支払われたとする証拠は前記(ロ)に列挙したとおりであるが、右証拠のうち現実に右金額を上告人に支払ったとする直接証拠は佐久間証言並びに小島証言のみである。

その余の牧野証言並びに乙七号証、八号証は、牧野証人が本件立木代金について父親である佐久間哲男に指示されたとおり乙七、八号証の帳簿に記載したに過ぎないものであり、しかも右帳簿によれば上告人に対して四回に支払ったように虚偽の記載がなされているのである。

そこで、佐久間証言並びに小島証言を他の証拠と対比しながら検討するが、その前に証拠上争いなく認められると思われる諸事実を列挙しておくことゝする。

すなわち、〈1〉代金の支払いは昭和四二年八月一一日上告人宅において行なわれたこと、〈2〉その場には上告人、佐久間、小島が終始同席し、さらに上告人の妻、並びに母親もほゞ同席していたこと、〈3〉その際代金のうち一〇〇〇万円を木更津信用金庫に預金することを上告人が認めるかどうかで少くとも多少はもめたこと、〈4〉売買契約書を代金三〇〇万円ということにして作成し、これに沿うように右金額の領収証が作成されたこと、右作成は小島定雄が書いたこと、〈5〉代金の授受が行なわれた部屋に銚子信用金庫大原支店長古川正輝、同支店長代理忍足喫志雄が来合せたこと、その時は佐久間、小島の両名もまだその場にいたこと、〈6〉右古川、忍足の両名は上告人から立木売買の代金の授受が行なわれるとの連絡を受け、上告人から預金をしてもらう目的で上告人宅を訪れたこと、〈7〉代金のうち一〇〇〇万円は木更津信用金庫の無記名定期預金となり、三〇〇万円が銚子信用金庫に預金するため右古川、忍足に渡されたこと、〈8〉古川、忍足が代金授受の部屋に行ったときテーブル上に一〇〇〇万円の預金証書と三〇〇万円の現金が置かれていたこと、それ以外の現金はなかったこと、の諸事実である。

四 そこでまず小島証言を検討する。

小島証人は被告代理人の質問に対して次のような証言をしている。

問「(当日おろした金が二〇〇〇万円かどうかはわかりますか)」

答「たしか二〇〇〇万だと思います」

―中略―

問「その日結局その立木の売買の契約はできたんですか」

答「いや、その時点は私はわからないですけれど、お金を払ったということになるんじないかと私は思うんですが、当事者のことはわからないですが」

問「いくらでまとまりましたか」

答「その点は当事者じゃないから、たゞ私は貯金勧誘の目的で池田さんのお宅へおじゃましたものですから、いくらでまとまったかということはちょっとわからないです。お金を持って行ったことは事実です」

問「誰が持っていったの」

答「佐久間さんと一緒に」

問「いくらのお金が支払われたかわかりませんか」

答「……二〇〇〇万円は確か持っていったことは承知しておりますけど」

問「その中でいくら支払われましたか」

答「……一九〇〇万じゃなかったかと思いますけど」

―中略―

問「現金なんか、どうやって渡したんですか。机の上なんかに積んだんですか、それとも袋に入れたまゝですか」

答「当然出したと思います」

―中略―

問「どうして三〇〇万円という契約書ができたんですか」

答「さあ、その点は私は当事者じゃないものですからわかりません」

―後略―

つゞいて原告代理人の質問に対し、

問「それ(当日預金を)さげてやったんですか」

答「いえ、さげたのは記憶ないです。私がさげたか担当の事務員がさげたか記憶ありません」

―中略―

問「……あなたのほうは池田から無記名の定期預金として一〇〇〇万加入してもらっていますね」

答「もらいました」

問「その一〇〇〇万の金は最初佐久間と行ったときにあなたは受取りましたか、翌日受取りましたか」

答「当日だったと思います」

―中略―

問「そこで残りの九〇〇万はあなたが一〇〇〇万預かるときどこにあったか記憶ないですか」

答「ないです」

―中略―

問「(一九〇〇万円を)池田の前にいったん出しておきましたか、その点はどうですか」

答「当然置いたんじゃないかと思います」

―後略。―

以上のとおり、小島証言は代金授受の当日に佐久間と同道し、その際二〇〇〇万円を持って行ったこと、そのうち一九〇〇万円を支払ったと証言しているが、小島証言は全般的に曖昧な証言が多く、特に「代金がいくらでまとまったか」の点について「私は貯金勧誘の目的で行ったのだからいくらでまとまったかわからない」と供述するが、終始その場に同席し、契約書並びに領収書の作成までやった者が「いくらでまとまったかわからない」などということは明らかに虚偽の証言であり、また同じく「どうして三〇〇万円の契約書ができたか」との問いに「さあ私は当事者じゃないからわからない」と供述しているが、これも右と同様明らかに云いのがれのための虚偽の証言である。

また、さらに、無記名定期分の一〇〇〇万円を受領したことを証言しながら、肝心の点である残金九〇〇万円の所在については記憶がないと答えているが、九〇〇万円という大金の所在について全く記憶がないというのは非常に疑問であり、事実は九〇〇万円という金が上告人の前に置かれたものではなく、残り三〇〇万円が置かれたに過ぎないのに、小島が佐久間と口裏を合せ一九〇〇万円を支払ったと証言したゝめに残金九〇〇万円については、「記憶がない」としか答えようがなかった結果だと思われるのである。

次に佐久間証人の証言であるが、同証人が「上告人に一九〇〇万円を支払った」旨の証言をするのは当然のことゝして、同証言中には次のような疑わしい点がある。

すなわち、原告代理人の質問に対し、

問「(甲二号証につき、上告人の氏名住所について)その字は誰が書きましたか」

答「記憶にありませんですね」

問「池田の住所氏名以外は誰が書きましたか」

答「これは、元木更津信用金庫にいた小島定雄君と思います」

と証言し、甲二号証の文章を書いたのが小島と記憶しながら、上告人の住所氏名を書いた者が誰か記憶ないと証言し(甲二号証は上告人の住所氏名の記載が一番重要なものである)、さらに最も重要な点である上告人の前に並べたという一九〇〇万円の金の処置については、

問「その金がその場所でどういうふうに処置されたか知っておりますか」

答「それは私にはわかりません」

―中略―

問「その場で、あなたが出した金がどうなったか全然知らないんですか」

答「私は一応お払いしましたから、どうなっているかわかりません」

と度々の質問に対して「一九〇〇万円の処置については全く知らないと何度も答えたうえで、

問「現実には木更津信用金庫にいくら預金をしたんですか」

答「一〇〇〇万ぐらいやったと思いますね」

問「そのあとの金はどうされたか見ませんでしたか」

答「わかりません」

問「一〇〇〇万円だけは預金したと」

答「はい、そう思います」

―中略―

問「その金がどうなったか知らないと云っておりましたね。今こちらの弁護士さんが聞くと一〇〇〇万ぐらい預金したと思うと」

答「えゝ」

問「知っているのか、知らないのか」

答「預金したのは知っております」

問「どういう種類の預金をしたか知っていますか」

答「無記名だと思います」

問「池田と小島がその預金のことについて話しをしたんですね」

答「はい」

問「それをあなたに聞いているんですね」

答「はい」

問「それは一〇〇〇万円ですか、もっと多いんですか、少ないんですか」

答「それはわかりません」

と証言している。

しかしながら、前記小島証言と同様、上告人の前に並べられたという金の処置について「知らない」と証言するのは非常に疑わしいものである。

右佐久間証言は度々の追求に対し当初「知らない」と答えながら、後には「一〇〇〇万ぐらい木更津信用金庫に無記名で預金された」旨証言し、「その余の九〇〇万円については「わからない」と云うが、真実残り九〇〇万円のお金が上告人の前に出されたとすれば、その金について「そのまゝ並べられていた」とか「上告人(または家族)がどこかにしまった」とかの証言が当然出てきても良いと考えられるのに、この一番重要な点については佐久間も小島も一致して「知らない」「記憶ない」と証言しているのであって、事実は残り九〇〇万円という金が存在しないことを隠そうという意図を持っている疑いが濃いのである。特に代金授受の場所に第三者である銚子信用金庫の者が来合せたゝめに下手な証言はできないとの思慮が働いて「知らない」「記憶ない」と証言して逃れようとしているのである。また上告人から木更津信用金庫に預金する点については佐久間は重大な関心を持っていたはずであるのに、右信用金庫に預金された額について「一〇〇〇万ぐらい」というのみで正確には「わからない」と供述しているのであって、この点にも残りの金の追求を曖昧にしようという意図が窺われるのである。

五 一方、前記小島、佐久間の証言の信用性を覆えす証拠として次のようなものがある。

(1) まず、古川証言であるが、同証人は「八月一一日の一週間か二週間前に、上告人が銚子信用金庫大原支店に来て、山を一二〇〇万か一三〇〇万で売れるので預金すると云ってきた」、「当日忍足喫志雄と上告人宅へ預金をして貰うつもりでいった、一二〇〇か一三〇〇万円預金して貰えると思ったが三〇〇万円なのでがっかりした」、「その理由について上告人が現金で全額貰えるつもりだったのに一〇〇〇万円を木更津信用金庫の定期にさせられた、と述べていた」旨の証言をしている。右証言によると、上告人は八月一一日の一週間か二週間前に立木代金について一二〇〇~一三〇〇万円と云っていたことになる。この時点で上告人が脱税を意図していたということは考えられないから、立木代金について真実と違う金額をわざわざ第三者である銚子信用金庫に云う筈がない(もし、一九〇〇万円の代金であることを隠し、脱税のため虚偽の申告をしようと右時点で意図し、そのために真実と異なる金額を云ったのだとすれば、本件申告の際、立木代金として一二〇〇万円とか一三〇〇万円として申告するか、または本件申告が三〇〇万円としてなされていることゝ符合させるために銚子信用に対し立木の代金を三〇〇万円だという筈である)。

これは、上告人が法廷で供述したように、本件立木代金は取り合えず全額を銚子信用に預金するつもりでその代金額を右金庫に云ったものであり、もし、一九〇〇万円であるとすれば一九〇〇万とか二〇〇〇万とかの金額が上告人の口から右金庫の者に伝わっている筈であって、右古川証言は本件代金が一三〇〇万円であることを裏付ける有力な証拠と云うべきである。また、上告人が代金を一二〇〇~一三〇〇万円と云ったということは古川証言から明らかである。何故ならば、古川証言によれば「一二〇〇~一三〇〇万円という大金だからこそ」支店長がじきじきに上告人宅へ行ったものであり、「三〇〇万円という少ない金額でがっかりした」のであり、また三〇〇万円以上の現金がその場にあるか、または一三〇〇万円以上の代金額であることを事前に知っていれば、三〇〇万円の預金だけであっさりと引き下ってくることは到底考えられないからである。

これを要するに古川証言が上告人宅の代金授受の場に行ったときには現金が三〇〇万円しかなかったこと、代金額について一二〇〇~一三〇〇万円と云われていたからこそ、簡単に納得して三〇〇万円という少額の預金で引き下がったのである。

右古川証言並びに他の証拠を総合しても、本件立木代金のうち一三〇〇万円のお金の所在については明確であるが残り六〇〇万円の所在については証拠上全く明らかにされていないのである(小島、佐久間両証人がたゞ払ったというだけである)。

上告人は、三〇〇万円という現金を一晩でも家に置いておかないようにするために、わざわざ当日電話で銚子信用金庫に連絡し、その日のうちに現金を取りに来て貰っているのであって、その他に六〇〇万円という現金があれば当然右銚子信用に少くとも一担は預金している筈である(古川証人に対して、わざわざ三〇〇万円という少ない金額になった理由を説明し、「申し訳ない」という趣旨の言葉を述べてまで、六〇〇万円の現金を家に置いておく理由など全くないのである)。

(2) 次に佐久間哲男の課税機関に対する申述書である。

これについては、乙一号証の他には存在しない、ということで上告人の申立にもかゝわらず被上告人から提出されない書面であるが、上告人が法廷で一審時から述べているように乙一号証の他に佐久間の申述書(聴取書)が存在したことは明らかである。

上告人は右申述書を被上告人税務署において三度も見せて貰っているのであり、一審において、右申述書が証拠として提出されることを予測し、その書面の内容が虚偽であること、信用性に乏しいことを証明するために、その提出される前に反証として甲八号証を準備したのである。

この甲八号証の意味は、上告人が税務署で見せて貰った右佐久間の書面の中に「池田は大原農協に三〇〇万円の預金をしている」旨述べている個所があるところから、その供述が虚偽であることを証明するために証拠として提出したものである。この点だけをとっても、上告人が佐久間の右供述を見せて貰ったことが事実であることを証明するものである(上告人としてはいつかは被上告人から右書面が提出されると確信していたものであった)。

しかして、右佐久間の申述書によれば、佐久間は課税機関に対して(イ)、立木代金を四回に分けて払った、その内訳として第一回は昭和四二年八月一一日小島立合で六〇〇万円、第二回は同年九月六日木更津信用金庫湊支店で五〇〇万円、第三回は同年同月八日四五〇万円、第四回は同年同月一二日佐久間宅で三五〇万円、いうように供述した、(ロ)池田が大原農協に三〇〇万円預けている、(ハ)池田の兄貴は弁護士をやっている、(ニ)池田には黙っていてくれ、というような記載があるのである(上告人本人尋問)。

右のとおり、佐久間は当初立木代金を一度ではなく四回に分けて払ったと供述していたことは明らかである(このことは花田証言並びに乙七、八号証からも明白である)。

そして、被上告人はこの点につき、単なる佐久間商店の帳簿の記載の誤りから生じた問題として片付けようとしているのであるが、単なる帳簿の記載のミスで何故具体的な支払い場所まで虚偽の供述をするのであろうか、また何故に四回に支払ったように帳簿に虚偽の記載をしたのであろうか。

また、佐久間は何故に「池田が大原農協に三〇〇万円預けている」などと虚偽の供述をしたのであろうか。

これを要するに、佐久間は、本件立木の仕入価額を過大にして課税上不当な利益を得ることを企図し、それに沿うよう帳簿を作成し、また上告人に一九〇〇万円を現実に支払ったと云わんがために「大原農協に三〇〇万円預けてある」との虚偽の供述をした、と考えられるのである。

六 以上検討したとおり、本件立木代金として一九〇〇万円が上告人に支払われた、とする小島証言並びに佐久間証言は、いずれも信用性の乏しいものであり、上告人が脱税を図って虚偽の申告をしたことが事実であるにしても、その一事をもって上告人の主張、供述が全て虚偽であると極めつけ、佐久間証言、小島証言を信用できるとするのは余りにも軽率であると云わなければならない、と考える。

従って前項(1)で述べたように、一三〇〇万円を除くその余の六〇〇万円の金の所在について、上告人がこれを取得しているとする何らの補強証拠がない本件において、上告人に一九〇〇万円の所得があったと認定するには証拠不充分というべきであり、特に前記第三項(2)において述べた本件証拠上疑いなく認定し得る〈1〉ないし〈8〉の諸事実と前項(1)において検討した古川証言を合せ考えれば、右事実を認定するには「合理的な疑いを入れる余地」が充分に存することは明らかであり、従って挙証責任の原則により被上告人の主張事実はその証明がないものとして排斥されるべきである。

以上

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